社員紹介

都市創造本部 開発事業部
事業計画部 都市政策担当 課長補佐

小林 乙哉

OTOYA KOBAYASHI

2004年入社
社会工学類 都市計画専攻 修了

【都市開発】

東京の都市課題を解決する。
その使命を果たせるのは、
私たち東急電鉄しかいない

私の仕事

行政と連携して、次の時代の都市政策を立案する

 都市が直面するさまざまな課題を解決して新しいまちづくりを進めていくためには、民間企業の力だけでは及ばない領域があり、自治体や国など行政との連携が不可欠となります。私は、このような行政との連携による都市政策の立案や新しいまちづくり手法の開発に携わっています。
 担当しているエリアは、「都心近郊」と呼ばれる地域。例えば東急線沿線の二子玉川のような、都心でもなく郊外でもなく、その中間に位置するエリアです。これまでの街づくりではあまり焦点が当てられてきませんでしたが、いくつかの課題を抱えながら同時に多くの魅力を秘めたエリアであると、私は考えています。
 現在進めている具体的な取り組みとしては、二子玉川ライズ以降の、多摩川の対岸の川崎市も含めた広域二子圏のまちづくりです。また、個別の取り組みとしては、「未来の乗り物」として注目される「セグウェイ」に乗って二子玉川の街中を巡るツアー、駅前空間や河川敷など公共空間を舞台にしたアートフェスティバルなどの企画も行っています。いずれも将来のまちづくりに必要となるであろう手法であり、規制緩和などについて行政と長く話し合って交渉を進めた末に実現したもの。今後は、こうした手法を他の地域にも拡大していきたいと思っています。

仕事の意義

いつの日か、東急線沿線で「都市経営」を確立するために

 都市開発は、行政との連携がベースとなりますが、プロジェクトを牽引し主役となって推し進めていくのは民間事業者です。「多摩田園都市」の例をあげるまでもなく、当社は東京の郊外の開発において大きな実績を有しています。行政の方々と一緒に仕事をしていると、その信頼の大きさを実感しますし、ある経営学者の方から「東急電鉄の持つリソースでできることはたくさんある」といった言葉をかけられたこともあります。
 そして私自身も東京が直面する課題に取り組んでいける企業は、当社だと確信しています。これは個人的な意見でもありますが、これからのまちづくりには「都市経営」という発想が重要だと考えています。都市を「マーケット」と捉え、需要を創り出すことで地域を継続的に発展させていこうという考え方です。その使命を担うのが、東急電鉄だと私は考えます。そして、その実現に向けて、経営に関する専門知識を蓄えることは欠かせません。そこで、私は2016年春から会社の制度を利用して、ビジネススクールに通いはじめました。

印象に残るエピソード

「渋谷ヒカリエ」8階フロアに込めた想い

 以前は渋谷の再開発に携わり、「渋谷ヒカリエ」については、立ち上げから企画開発、運営まで関わりました。なかでも私が主に担当したのは、8階のクリエイティブスペース「8/」。「人材育成」という公共的な役割を担うことがそのフロアコンセプトのひとつでした。そこで、私はありきたりのテナントを集めるだけでは渋谷らしい人材の育成にはつながらないと思い、デザインやアートの業界で一流の目利きの方々を誘致して、彼らが見いだしたアーティストやクリエイターの発表の場を提供して、互いに交流もできるスペースづくりに取り組みました。
 2012年4月、「渋谷ヒカリエ」オープンの前日、8階のフロアに、お世話になった方々やマスコミ関係者などを招待し、お披露目のパーティーを開催したところ、予想を上回る数百人もの人々が集まりました。一緒に取り組んできたメンバーと喜びを分かち合い、自分たちが創り上げた空間がたくさんの人で埋まる様子を見て感動しました。今でも、社会人人生の中で一番思い出に残る1日です。

My History

入社前

1980年 東京都八王子市で生まれ育つ。東京郊外の八王子で生まれ育ったことが、まちづくりに関心を抱くきっかけとなった。
1986年 小学校1年のとき、家族で2週間にわたりヨーロッパ旅行へ。今振り返ると、このときに心に刻まれたヨーロッパの街並みが、大学で都市計画を学び、東急電鉄へ入社する人生の礎になったのではないかと思う。
1998年 中学・高校でバスケットボール、大学ではアイスホッケーと、スポーツに熱中する日々(写真)。大学院時代には約2カ月間、ヨーロッパにバックパッカー旅行に。

入社後

2004年 入社後、最初に配属されたのは情報システムを開発・運用する情報システムセンター。正直「なぜ?」と思ったが、このときに担当したシステムの開発が社会人としての初めての仕事となり、今でも思い出に残っている。
2005年 渋谷開発本部に異動し、渋谷のブランディングなどを担当。2006年から2015年にかけて主に「渋谷ヒカリエ」の企画・開発・運営に携わる(写真)。また、2007年から2年間、東京都の都市整備局に派遣。行政での意志決定の流れなどを学ぶ貴重な機会を得る。
2015年 4月から現職に。
現在、オフタイムはビジネススクールでの勉強に費やすとともに、キャンプに出かけるなど家族と過ごす時間を大切にしている。